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Back Hand - やりたい事を探す旅
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基本的にはテキストのみの日記。日常派。
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2008年01月01日

ぎりぎりアウト

あけましておめでとうございます。

だらだらと、去年も更新してしまいましたが。
去年は、少しチャレンジして行ったけど、自分の能力のなさに嘆いた年、かな。
違う土地で、違う人たちと、割と馴染めたとは思うけど、はっちゃけていかないのは、
能力の補間(?)ができていないからなんだと思います。ええ、小心者ですから。

とりあえず、今したいことは何か聞かれたら、勉強と答えちゃうかもしれない。
試験も近いからというのももちろんあるんだけどw
ゲームとか映画とかアニメとか、面白いのもわかるんだけど、
もうちょっと、自分で面白いことをしたい、生み出したいという気持ちが、
抑えきれなくて、ってのが今の状態。

とりあえず、夢中になっていたい、そんな感じです。

初詣行ってないけど、不幸が降りかかりませんように。もちろん、みなさんにも。

2007年12月23日

今日とう日に

今日は予測不可能なほどに、目まぐるしく人に出会った。

大学1年生のうちに研究室を見ておけという、先輩のアドバイスを受けて、
たまたま、興味がある研究室の中間発表が、1週間後にあること知った。

バイトをがんばって、自分の願いを聞いてもらえるような、働き振りをしておいたため
(パソコンでちょちょっと、頼まれたものを作ったり、頭をフル稼働して「お前役に立つな」という場面をたくさん作ったり)
その日を入れないようにした。

そして、1時間前におきて、ゆるゆると研究室の中間発表へ行く支度をした。
そもそも、その研究室へ行くように決心したのは、その教授の授業がただ、面白かったからだ。
要点よく話していたし、1年生でもわかるような身近な例だけでなく、プロの知識もうまく植えつけていたように感じている。
それで、時々質問すると、質問した1歩先の情報を教えられたのが、なんとなくうれしかった。
失礼にも、演習問題が前門正解したことを確認して、C++の勉強(言語のね^^)していたら、突っ込まれたのも、うれしかった。
うれしいというより、好奇心が先に来ているかもしれないけど。

中間発表が始まる時間に出発をした。
それは、自分が小心者だからだ(笑)
本当はやる気満々なのだけど、その気持ちを悟られたくないがために、タイミングをずらすのだ。
エレベータに乗り中間発表に行くのには、勇気は必要ない、必要なのは自分に素直な心だけだと、ぷかぷか考え事をした。
そして、意を決して会場に入ってみようかと、ドアを開ける寸前で足を止めた。
なぜか、発表会なのに教授が説教している声が聞こえたからだ。
そして、逃げるようにラウンジで本を読んで、精神統一をした。
もちろん、本の中身は、頭の中をバイパスした。
ちなみに本は、微分積分学の1変数の奴です。高校の範囲からやり直そうとしてる。
それは、2変数が頭の整理をしたいがためです。

とりあえず、ドアを開けて、教授がやっぱり「よくきたな」って顔をした。
大丈夫なはずだ、自分でもそれ以上に驚いているから、負けていないはず。
どうでもいい結論を立てて、想定外な客(もちろん自分)のために席を用意する雰囲気なった。
(どうも、すみません)と心から思って、何か手伝えることを考えて、
結局席を移動していただける隣の人に座る席のかばんを持った。
心の中では「かばんを持ってすみません(他人に触られたねーだろうな)」と思った。
ネガティブ精神なのは、いつになっても変わらないな。と思っても、意図的に気にせずにいた。

時間と雰囲気を見て、すでに一人目の発表者が終わったようだ。
まー仕方ないなと思って、資料を見ると、興味がそそられなかったので、ちょっとラッキーだったのかも。
研究内容は、情報工学という感じで面白かった。
知識不足か、勉強不足か、精神不足か、、とりあえず質問はできなかった。
「未熟を知って、人は成長する」。少し、心に余裕を与えてくれるいい言葉だと思った。

休憩時間となり、教授と普通の会話をして、分かれた。
教授たちは研究室に昼食を買いだめしているのだろうか・・・・と思いをはせながら、エレベータで学食へ向かった。
中間発表のときに隣にいた人も、同じエレベータに乗っていた。
確か、「君、何年生?」と聞かれたのが、会話のはじめだっただと思う。
そこから、大学のあるあるネタ(あそこの食堂はうまいとか)を話し合った。
それで、大学生活ってどうよ?について話した。
相手は3年生だったので、自分が持っている大学3年生のイメージをオープンしてみた。
あんまり変わらないらしかった、研究室に行って、就職活動して、ちょっと単位とってー。って感じだった。
「面接に自身がある」といってた、父親が自営業である影響らしい。
休憩時間が終わり、携帯電話を取り出していたので、つかさずアドレス交換をお願いした。

そして、中間発表会場に進む途中、1,2年生は遊んでいたので、突っ込んでみた。
そしたら、その人の大学生哲学(処世術?)を教えてもらった。
「とりあえず、遊んどけ」らしい。

中間発表が予想外に長く、バイトの時間が近づく。とともに、腹痛に襲われる。
幾度の波を超え、よれよれになりながらも、帰る。
そして何回も「休憩時間トイレ行っておけよ」と自分に突っ込む。もちろん反論はない。
今日知り合った3年生の人と、「いつでも研究室に遊びにおいで」と言われ、別れの挨拶をした。
もちろん、ふらふらになりながら。

今日はクリスマスが近いということもあり、バイトの人が多いな。
ちなみに、自分が勤めている場所は「ケーキ屋」だ。
廃棄のケーキはもらえないし、仕事は自分で考えないといけないし(マニュアルないよ)、時給は安い。
続けられている理由は、職場の人間関係が楽しいからだ。

バイトが終わって、同僚の家に遊びに行くことにした。
テンションがあがって、乗り突込みをしたら、なんだか笑ってもらえた。
ここでは、僕の攻撃は無力化されないらしい。
同僚は自転車が好きで、ちょっといじろうとしたら、怒られた(笑)
20万かかっているから当たり前だろうけど、やっぱりあこがれる。
次は、別の同僚の部屋に遊びに行くぞ。
音にお金をかけているらしい。最近スピーカーをかった自分にとって、好奇心がそそられますぜ。

雨の寒い中、学生寮の炊事場で、自慢の「豚汁」を暖めていると、寮の先輩が入ってきた。
当然「こんばんは」と挨拶したが、なぜだか今日は上機嫌の声色で、挨拶を返してくれた。
ちょっと、雨でぬれた心に、じんわかしみる、温かみのある声だった。
雨でぬれたであろう、スウェットを後姿を見て、何があったかを詮索した。
でも、そんな暇を与えずに、「冬休みだねー」と話しかけられた。 正月家に帰るの?→ケーキ屋で忙しくて帰られませんといったら、色々盛り上がった。
突っ込む情報を与えるように話すクセを付けている訓練を、密かにしているのだ(笑)

そして、その人にも処世術を教えてもらった。
「大学生のうちは、遊びなよ」と教えられた。
正直「今日2回目ー」と言おうかと思ったけど、さすがにそれはやめた(笑)
あくまで、シリアス路線は崩さずに、「勉強か遊びか、どっちかを誰もががんばれーと人は言うんですよね」
そうしたら「勉強もしっかりしているから、俺は充実した生活を過ごせているよ」と言われた。
あー、こういう言葉がほしかったのだ。

言ってほしい言葉がを誰かが言ってくれるという経験を大学生で何度かしている。
「一人でいたほうが、(人生的に)面白いか、みんなでいたほうが。面白くなるのか」と、まじめに考えたときも
「どっちもがんばると幸せになれるよ」と言われた。とりあえず今はそうしている。
つもりだけど、最近は好奇心の欲に負けて、一人で本を読む場合が多いけどね。ま、いいでしょう。
英語の先生も「(こんな)教科書は自分からやると、夏休み以前に終わってるはずなんですけどね」と
通年(1年ずーっと)の授業のとき言われた。
その先生は続けて「勉強は自分でするものなんですよ」といわれて、はっとした。
ちょうど、「勉強しても、意味ないのかなー」とか悩んでいた時期だった。

今日は2人の大学生に、処世術を聞いたけど、やっぱり楽しそうに見えた。
どっちをがんばったとしても、魅力がはみ出るような、大学生活を楽しみたい。

偶然ほど、不確かなものは存在しないはずなのに、時々それがうれしく思える。
道で遭遇した人に、話しこむという感覚に似ている。
今日はそれを強く感じた。
でも、よく思うと自分は何にもしてないや。
やっぱり、先輩から話しかけるものらしい。
何を求めるかもしれないけど、話し込んじゃうのは、互いに求めているものが一緒だったからだと思う。
多分、「人」か「愛」を。まじめな話ね(笑)
同じ大学生に話しかけるなんて、他愛もないことを頭ではわかっていますけど。

この話を、メッセンジャーへ入れていた友達のところに話をしようと思ったけど、やっぱりやめた。
ログをとっていないのがいけないのだが、「きっと誰かが見ている」という微かな希望を燃料にして書いてみた。
こういう感覚はmixiにはないだろうな。確実性の問題だけど。
でも、mixiには1回も日記を書いていないし、マイミクもかなり少ない。

2007年10月03日

近道

未だに宿題や勉強を教えるときに、少し恐怖を感じる。
それが、もともと人に何かを教えるというのが下手だからかなぁと思っていたけれど、ちょっと違うかも。
何かを人に教える行為は、自分の持っている技術や知識を教えるということ。
持っている知識がそれしかないから、教えた人間と比べてしまったときに同位に立たれてしまう。
自分が空っぽだから、そうなってしまうんだろうなー。
だから、いつも友達に何かを教えるときには、答えをそのまま教えていない。最高でもヒントだけ。

自分が教えることの一歩先を行けばいいのだが、
行けたとしても、答えをそっくりそのまま教えることはないだろうけど。
技術は盗ませろって言葉があったな。
きっと教えることでプラスアルファが帰ってくるんだろう。
自分が持っている技術を守っても意味がないということかぁ。
そもそも、誇れるものじゃないしな。

やっぱり、睡眠って大事。
自分は徹夜だからって、さらに元気(空元気?)になることはないし。
眠いまま授業に挑むと、眠さにやる気だとかポジティブな部分を引き込まれてしまう気がする。
自分はもうちょっと起きられるのではなかろうかって、いつも迷うけど。

大学の後期の後期の授業が始まった。
将来いい職に就きたいな、ぐらいしか目標を未だに持てないけど、
授業は何とか頑張れている。
この数学の授業はCGを回転させるときに使うんだろうなとか、そういう将来使えうる技術を学べるとわかれば、頑張れる気がする。
多分授業じゃそういうことは、教えてくれなくて。
でも、自分はそういう面白さを求めていて。
それは、多分自分のわがままで。
もっと先を学びたければ、自分の力でやるしかないみたい。
学校の勉強はあんま面白くない、そういうものだとすれば、
きっと家に帰ってからの生活が少し面白くなるんだと思う。
CGなんてやるつもりは、今の段階じゃないけどね。

それと、これは経験則なのだけれど、諦めたことって数年のときを経て、
結局、またやりたいことに巡り戻ってきてしまう。
大学生のうちにやりたいことはコンプリートしたいですね。気持ちだけでも。

そういえば、その数学の先生が、証明問題のときにいかに問題を順序だてて解決していくかは、人生にも役立つ。と授業の流れで言っていた。
流れで、自分も笑ってしまった。そこで人生ですか、と。
真剣に悩んでたどり着いた経験があるのだろうかと、過去を詮索してしまった。

2007年10月01日

ロケットダイブ

「使えるものはすべて使う」そんなずる賢い、生きるスローガン(w)を掲げて、これからを生活していこうと思った。
大学の図書館だとか、無料でソフトを貸し出ししているのを借りたりだとか、なんとなくそれを達成しようと思っていた。
だけど、いつの間にか、自分が満足できないのを、誰かのせいにしている。

ああ、なんとなく、他人や環境でさえも、自分の正当化材料にしてしまっていたよ。
だから、途中ですべてをやめて投げ出したくなるんだ。
でも、自分で環境を作るという力はないけどね。
それでも、環境のひとつの要素であるように、自己表現は欠かさずに行うようにしている。

行き着く先は、笑顔だとか希望だとか、そういうポジティブワードを求めて。

2007年09月17日

戦う

「生きることは戦いなのよ。」そのようなことを、赤い人形が言っていた。
それと、サクラサク/Little Non (歌詞)と「21世紀/桃井はるこ」を聞いて

今まで意識してこなかったけれど、一人でいることが暇や寂しさをこんなにも強く感じさせることに気づいた。
やっぱり、なんだかんだいって帰ってくると家族がいたし。
受験や旅行の際にホテルでうまく寝られないのは、そのせいだと思う。

孤独とどう戦うかに、試行錯誤してみたい。
暇だから、ゲームやったり、本を読んだり。
寂しいから、人と遊んでみたり、人を求めてみたり。
戦う方法ならいくつもあるけれど、ずっと憧れている自分で楽しさを生み出せることを頑張ってみたい。
憧れていたから無意識ながら、ほんの少し人といたくないって思うときもあったとかもしれないし。
最終目標は暇だから、寂しいからじゃなくて、自分からしたいと思うことをできるようにしたいのです。

バイト中暇だー。憂鬱になるぐらい
1ヶ月ぐらい経つのに、ちっとも仕事を覚えられない状態でちょっと恥ずかしーw
バイトもまじめにやることでその先が楽しく思えると思っていたけど、
アルバイトは、第一に気楽に、第二にまじめにぐらいがちょうどいいのかもしれない。

2007年09月16日

MDIEのたいぷす

今日はMDIE(タブ型ファイラー)の特集
あっきぃのパソコン小屋>Soft>らふ -Let's Appoint the File name!-(表の一番下)
これは、新規作成をするソフトで、普段はエクスプローラーにインストールして使用する。
適当に触ってみたら、実行ファイルに作成したいフォルダのパス(最後に¥をつけるといいみたい)を渡してあげると、期待通りに動くってことがわかった。

「右クリック>新規作成(W)>ファイル名を指定」が面倒だったので、ポチエスと連携させてみる

D:\laf\laf.exe | &Make_File(laf)
>%D

でできる。%Dは"%D"とするとエラーが出るので注意。

それと今日はMigemizeExplorer(Google 検索)を導入した。
このソフトはローマ字を入力しても日本語検索ができちゃうソフト(フィーリングw)。
これも、普段はエクスプローラーとセットで使うらしいけど・・・
n246の日記 - Migemize Explorer が欲しい!を読んだところ、別のウィンドウでも使えるらしい。
そのままペーストして、すんなりできました。
これで、日本語の検索がすらすらできるようになりました。
いままで、音楽フォルダは「歌手 - アルバム名」で保存してたから、アルバム名で検索したいときに大助かり。

読み進めていくと、MigemizeExplorer(Google 検索)は複数のウィンドウに反応してくれるみたい。
俺FAQの一番下をご参照のこと。
音楽プレイヤーにしてみようと思いFittleに導入することに

1.MigemizeExplorer(Google 検索)のファイルの中にあるPicker.exeで[C]にFittleをドラッグ&ドロップ
2.そこに書かれている文字列をコピー
3.MDIEにしてした作業をタブを追加して、2でコピーしたものをはりつける。 例)TargetConditions=MDIE.exe MDIEClass MDIEClass Fittle.exe Fittle Fittle

とても便利になりました。でもでも、MigemizeExplorer(Google 検索)をアクティブにするホットキーが[CTRL]+[G]だから、ちょっと面倒だったので、、
AutoHotkeyでアクティブするスクリプト(簡単w)を作ってみる。

$Ins::
IfWinActive, ahk_class MDIEClass
Send,^G
IfWinActive, ahk_class Fittle
Send,^G
else
Send,{Ins}
return

これで、Fittle or MDIE使用時に[Insert]ボタンをするとMigemizeExplorer(Google 検索)がアクティブになります。

ちょっと気になったのが、readme.htmlに書いてあった、/toggle_is_enable オプションが働かなかったこと。
正直、AutoHotkeyでRun指定で実行させたかったのだが・・・。

今回はこんな感じで終了。
MDIEはランチャ設定が貧弱でちょっと困っています^^;
現在いるフォルダが変数として用意されていないのがちょっと困ってます。 要望を出しておこう。

2007年09月10日

0戦

最近になってアルバイトを始めました。
特に経済的に困っているわけでもないのに、
始めてみて少しわかったのは、頑張る目的がないと結構つらいということ。

一人暮らしをはじめて、当たり前のように節約をしていた。
それで、服や交際費を費やすお金(2万円)を余裕をして残した。
恐らくは月に1万円ぐらい貯まっているはず。
でも、何のためか。ある日ふとその問題が湧き上がって、解決できていない。

お金があれば、ほとんどのことができるのだとは思うけれど、
自分にはそういう欲がないみたい。
「お金をためること=よいこと」として認識してしまったと思う。
だから、今、いつの日にか貯めることを飽きてしまうことが少し怖い。

高校の先生も、大学の先生も先輩も、大学でやりたい事を見つけなさいといったのは、
このためなんだろうな。頑張る目的がなければ頑張れないということなんだな。

それと、バイトを始めてもう一つ、なんとなくわかったことがある。
自分って言われたことしかできないっぽい。
バイトとはそういうことなのかもしれないけど、ちょっと違う気がしてる。
言われたこと以外をするのがちょっと怖いらしい。
多分、それは自分の責任に関わってくるなのかもしれない。
自分の責任逃れかー・・・。

そういうことに気づいて、今までの自分を振り返って、失敗をピックアップさせてた。
失敗には2種類あって、頑張ってやった失敗と頑張れなかった失敗の二つだと思う。
圧倒的に後者のほうが多かった。
しかも後者の失敗をやらかして、他人から怒られることは稀で、大半は失望か呆れられる(いい意味で干渉されたこともあった)。
そして、そういう失敗に後ろめたさだけ感じて生きている気がする。

あと、失敗を恐れてたのは、失敗をしない人に漠然とあこがれていたからかもしれない。
人と話してても、そういう失敗談を聞かない人に憧れていた。
失敗をしてても、まるで成功談みたいに笑い話にしていた。
あたかも、そういう人が失敗をしないみたいに捉えてしまっていた。
自分も失敗談を話さないことを棚にあげて、捉えてた。
だから、自分も失敗しないように、
石橋をたたきまくりながら渡らないような事が多々あった。

そうして、少しだけ失敗しない自分を美化しすぎていたかもしれないな。とか

そういうことをわかっていても、頑張れないときが数多くある。
どうして、自分に対して頑張れないんだろうー、って考え、
人のためなら割と頑張れるのになとちょっと気づいた。
でも、いつも本心は自分のために頑張りたいと思ってた。

そして、ふと親父のことについて思い出した。
ゴールデンウィークと夏休みに帰省して、また帰るとなったときには自家用車で送ってもらったり
一人暮らしに欠かせないものを作ってもらったりした。
家に帰ってきてグータラしてる姿とは余りも対称的だったから、思い出したらすこし泣けてきた。
それまで、好きか嫌いかと言われたら、嫌いって答えてただろうし。だから余計に。

新しい体験をしないことが、良いも悪いもなくて、つまらないことだと、
寝る寸前でみた、討論番組(?)で誰かが言ってた。

今日書いたことに気づくまでに、結構時間かかったけど、
すべてが解決したわけじゃないから困るw
今の目的は自分のために頑張ることです。
要は、楽しみたいだけなわけで、ゲームやアニメじゃちょっと退屈だから。
でも、みんなでやるゲームは別物。
だから、対戦型のゲームが上手くならないのだ・・w

どうでもいいけど、自分って話しながら作業をすることができないみたい。
わかってたんだけど、ほかの人はできているから諦めきれなくてw

2007年08月17日

自分と言葉について

自分にとってネットというのはもう一人の自分なのかなと、大学のほうに向かう車の中で少し考えた。
正確に言うと、自分の違った一面。それは限りなく普段の自分に近いはず。

だから、ちょっと普段の自分について言うと、自分はあまり自分から会話を切り出さないし主導権も握らない。
その割には、人と会話をするのは大好き。不器用なだけ。
でも、いくら話したいと思っても、頭から会話に使う言葉がぽんぽん出てくるわけでもなし。
その上、忘れっぽい。これが致命傷。
会話をするなという場面があらかじめ想定できる場合、ある程度の会話のカードを用意している。
けれど、いざ会話をするとなると、話したいことなんてどこかにいってしまったかのように、相手の会話の内容に没頭している。
それが不満なわけでもないし、満足しているわけでもない。
ただただ「言えなかった」事実が残っただけで、それ以上の感情は抱けない。

その「言えなかった」理由が忘れてしまったことだけではないことも、よく自分は知っている。
相手を目の前にすると、なんとなくカードが切れなくなってしまっただけ。
そしてやっぱり、相手の会話に没頭している。

言えなかった言葉はどこにってしまうのだろうか、、まずはそのまま自分の中に留まる。
いままでは、ネットに書き綴っていた。それが他人から愚痴に見られても、希望に満ち溢れたものになっても書いた。
だから、言えない自分のもう一人の自分がいる場所がネット。それが自分のネット。 けれども、ネットに書けない個人的な出来事・感情はそのまま、自分へと消えるまでどこかへとループさせていた。
こういうときに、忘れるという技も自然と使った。
大事な出来事も忘れて、何度も失敗したこともあるけれど。

自分の場合は言えなかった事の方が、その逆よりも確実に多い。
「言えなかった」そんなネガティブな出来事は、やっぱり否定的に捉えてよいのか。
そんなことも、車の中で一人で議論していた。
よく都合良くも悪くもいろいろなことを忘れる自分だけれど、「言えなかった」事は結構覚えているつもり。
やっぱり、そういうことは後悔している。
でも、言った方が予想外な返答もありうるわけだし、心に残るということを頭ではわかっているつもり。
後悔と同時に、もしもあの時点でその言葉を発していたらということをやっぱり考えてしまう。
それが、ほんの少しの希望だったりする。大げさだけれども自分の生きる希望の一部かもしれない。
口を紡ぐ原因はわからないけれど、すこしづつ、そういった夢や希望を描きながら、口数を増やしていこうかなと計画中。
それと、こんな小さなことから解放されたいw

友人が「言葉には注意しなければね」と戒めるように言った、それは自分にか友人にかわからなかったけれど。
それは、言葉は様々な可能性を秘めて人に伝わるからだと思う。
自分が一番聞いていて楽しいと思うのは、笑顔で語ってくれる会話だ。
それを聞くと少し自分のそんな風にがんばるかーとかとか、後でふと思い出すと、自分の戒めにもなりうる。
そういう言葉たちを欲しているし、発したい、そしてそういう雰囲気を作りたいなーと車の中でしみじみ。

話は飛んで。
帰省して、遊んで休んで遊んで休んで遊んで休んで休んでまた帰った。
自分の中で遊びすぎフラグが立っているので、この後は勉強するつもり。
やっぱり、地元の友達と遊ぶのはやっぱり、大学の友達と遊ぶのとは別物だ。
ほんの少し考えればわかるけれど、すごした高校の3年間を忘れたりしないものだなと、しみじみ(略。

それと、最近一人で考える限界を感じ始めた。
今回のように偶然答えが見つかることもあるけど、見つからないことも当然ある。
見つからないときの対処法は、忘れる。それと夜の考えすぎは予定を狂わせます。
将来のことを考えるとちょっときつい。探しているけれど。

2007年08月10日

美徳

大目に見て4ヶ月ぐらい。

大学でも半期も終わってやっとこさ夏休みという状態。
花火を見に行ったし、やっぱ生で見ると良いなーとかとか。

授業の一環であなたの欠点を教えてくださいって質問を紙の上でされて、
それを班(6人)で話し合う時間があった。
全員が共通していたのが、ちきこもりがちとインターネットをやりすぎるという点。
親近感がほんの少しだけ沸いて、あとは少し悔しかった。
そういうところを少なくとも大学生を終えるまでにブレイクスルーしたいんだよな。

大学生は遊んでいるイメージが、少なからず自分の中にはある。
毎日毎日、そこまで勉強していなかったから、遊ぶときにもあんまり力が入らなかったり。
自分にとって「馬鹿になれ」と、誰かの言葉にあるけれど、結構それが難しかった。
とりあえず今は遊びが大事ではなくて、勉強が大事。
勉強はみんなでやったほうがいいとか、よく遊べとかよく言われるけれど、勉強が一生懸命にできてからにしてみたい。
メリットも充分に飲み込めているのだけど。
そうやって、世の中の人には余裕がないとかまじめすぎるとか言われるんだろうなー。否定はできないし。

勉強だけで、昔は生きていこうと、心のどこかで決めていて。
この日記にも、目標や夢以外のことを書いてはいけないと、自分を戒めていた時がある。実はつい最近まで。
勉強か遊びかどっちに全力を注ぐか?と聞かれたら、やっぱり選べない。
ゲームあってこその自分だし、アニメを少し見てこその自分だと、今更気づいていた。
ただ、それを口に出すか出さないかの問題。
言葉にフィルターをかけながら、発言をするからちょっと息苦しいだけなんだなー。

節約をすることが、人生においてすばらしいことだと思っていた時期があった。
食費や光熱費や交際費まで、それらの消費を以下に抑えられるかを、どこのだれでもない、自分と戦っていて。
ただひたすらに、自分を抑えて、頭の中が消極的でお金のことばかり考えていました。
そうした結果はどうか、つまらない。
消費は節約以上に、人生において大切なのだろうなとかとか。

最近気づくけど、どうして自分は極論に持っていくだろうか・・・w
日記に画像は使わない、勉強だけで生きていくよとか、パソコン壊すかとか。
絶対心の中では使いたいし、したいと思うのだけれど、結論は「いなくなってしまえばいいのに><」だ。
それは、ずいぶん理想的で、お手軽解決法なのだろう。
だから、一人暮らしをはじめるときにはひとつもゲーム機を持っていかなかった。
それは、ちょっと正解かなと思っている。パソコンはあるし、ゲームも星の数ほどあるだろうし。
結局、余裕がない、不器用が原因。
そのものを上手に扱えず、そのものと上手に付き合えないばっかりに、あきらめるという選択を強いられてしまう。
無駄を省くことが、人生の効率化と叫んでいたけれど、やっぱ技量(情報力とか)をレベルアップさせたいよね、という話でした。
それを上手に扱えた、自分の姿を思い描いてね。

とりあえず、プログラミングとか資格勉強をしたい。
すこし、ゲームとアニメを見ながら、やる気チャージで。
つまり遊びを糧に勉強をする、それ。
大学の半期を使って、わかったことをづらづらと。
遠回りしたけれど、まぁ、なんとか夏休みを乗り切ろうと思ってますw

帰省前に調子に乗って書きましたー。

2007年04月28日

手と手

えー、前の日記からこんなに日が経っているのか!
小さな悩みを友達と付き合っていく中で一つずつ消してく毎日を過ごしていればそうなるのか。

毎日が楽しいです。
休み以外の日は毎日友達に会って、実習系の授業では隣の人と仲良くなって、
班(10人編成)のイベントでは、またその中で仲良くなった。
イメージは、枝を伸ばしている状態。それが二つまた二つと広がっていくイメージ。
伸ばすだけでなく、小さな枝を守って、たくさんの関係を作らなければ。
学科の木と学生寮の木、サークルの木があるんですけど、どれも伸ばしていきたいなぁ。

いつの間にか、大学生活の目標が友達を多く作ることになっていた気がするけれど、
多分、それって過程でしかないのね。
最初の自己紹介でクラスの半分以上が、「どうも、僕(私)オタクです」といって趣旨の自己紹介をしていたから唖然となった。
多分、それもたいした問題じゃないんだろう。。
そう公言した人たちはその人たちである程度固まっているけれど、、
自分の考えでは、初対面で趣味の話はしたくない。
それよりも、出身地や大学生活、書ききれないほどの、趣味前提の聞くことがあるでしょう、と。
自炊を始めて1ヶ月しか経っていないが「趣味:料理」と公言しているけれど、 その反応のなさっていったら、居たたまれない(笑 趣味をかぶせてもかぶせなくても、どちらにせよ、友達がほしいんだなって思う。 オタクの前に大人でありたい、と思ったけどどっちにしても友達ができて、ある程度楽しいらしい。 大人のつもりで通しているけれど、どうなるのだか。

怖いのは、病気、怪我、テスト。こんなもんです。
大学生活で辛い日々が想像できないので、ある意味心配。
自分で限界近くを作らなければいけないのかな。
それと、キーボードを見ながら打つことに限界を感じてきた。
入力間違いも思ったよりも打てないし、タッチタイピングにシフトしたい。切実に。

2007年04月09日

波のサンプリング〜祝・新生活〜

大学へ行ってから地元の友人たちとのメールが楽しい、と思うようになった。
未だに「こだわり」や「高い行動力」が持てない自分は、昨日と今日はあまり変化がない。
高校で離れた友達にメールするきっかけもなく、近くの友達ともなにも言うことがない。
すべての悪循環をどうすれば良いかも分からない。
だから、高校時代はメールに価値を見出せなく、ケータイも家にほっぽり投げていた。
今は別々の場所で生きていているからこそ、こんな自分でも話す内容(ネタ)ができた。
メールって別々を楽しいのかなと思う、ネットのチャットが面白いと同じぐらい。
ネットは、基本はリアルの世界を活きていている人とめぐり合うから、楽しいのではないかなと。

大学へ行って、あることに気が付いた。それは、自分の教室がないこと。
大学では恐らくそれが当たり前で、すべてが教授業ごとに教室を移動しなければならない。
高校生のときは、クラス単位で教室が決められていて、休み時間はそこで友人問い談笑しながらすごしていた。
教室が同じだから、いつも同じ人が教室内にいる。
そのおかげか、顔と名前もすぐに覚えるし、友達になるきっかけも増える(多分)。
大学では、顔と名前も知らない人がいて、隣も誰かも分からない。
だから、その隣の人とと友達なるには、高いコミュニケーションが必要だよなぁ、と思うのです。
高校から大学へ、(少し)ステップアップを感じた事柄。

一人暮らしをしながら学校へ行くと、すべて自分次第なんだなと、感じて仕方がない。
履修の登録をどんなに少なくしても、誰にも指摘されることもなく、日々が過ぎ去るだけ。 最初の1週間は、自由の広大さと責任の重さを受け止められず、なにか必死にすごしてきた。
今は、落ち着いて一つ一つを処理できるようになり、「次」のことも考えることもできる。

でも、一人暮らしや学校が自分次第で動いているのではなくて、
もともと、社会全体が自分次第なんじゃないか、ということ。
自分は学校や家族に今まで守られていたし、今も恥ずかしながら守られていると思う。
環境に甘えちゃう、自分の悪い癖みたい。

高校時代に、放課後まっすぐ家に帰っていた時期があった。
家にはものすごい楽しいことが待っているわけでもないし、自分で作れるわけでもなかった。
もちろん、それに不満を感じていたし、「何か始まらないかな」と当てのない期待をしていた。
今は、その解決方法がひとつわかる。
活発な部活動をすればちょっと変わっていたかも、、と思うのです。
だから、大学ではサークルを真剣に探してみることにしている。
自分次第の世界で、これが何も生み出せない自分ができる、唯一の退屈な毎日の解決方法であるから。
自分で何か生み出せるのなら、また違うと思うけど。

一人暮らしは、家で家族に養ってもらうときに比べたら、辛い。常にそんな風に思っていた。
高校や自動車学校で過ごした日々と、今の大学生活を相対的に比べてしまって、 自分って不幸な毎日を過ごしているなぁとか、早く家に帰りたいなぁ、と思っていた。
(別に、家に帰っても何も変わらないし、逆に不幸な感情を増大させるだけだし)
でも、今は一人暮らしの楽しさ(つまり、ひとつの異なった価値観)を見出せたからこそ、少しどこからか抜け出せた気分なのです。
大切なのは、波を感じて自分の不幸を比べることじゃなくて、波に乗って楽しんでみてはどうだろう、ということです。
つまり、前回の日記で一人暮らしが辛いとか言ってんじゃねー>>>自分。

2007年04月01日

新・新生活

携帯電話の修理が完了。データが吹っ飛びました。
バックアップとってあるかなーと、あればいい程度の気持ちを持ちながら、メモリーカードを次々と差して、、、
撃沈。
アドレス帳が3人しかいないよ。
気持ちの切り替えのつもりで、形態のメールアドレスを変更と使用と計画していたけれど、
こんなの望んでないぞー。

一人暮らしが辛い、暮らし始めて大体1週間経つのに。
結局、学校が始まってしまって、1日目よりかは精神的に安定してきたものの、一人ってやっぱ辛い。
ゆったりと「ちびまる子ちゃん」を見て、母さんいいこと言うなぁって思うとまた泣けてきた。
「家族」っていいなぁ。

一人の何が辛いかって、やっぱり、評価されないことなのかなぁ。
すべて自分の心の中にしまうだけ。
ちょっと安いお菓子を買ったって、すこし高い買い物をしたって、自分の中へ。
仕事では恐らく上司にあたる人が必ずいて、きっと評価されてお金をもらってる。
主婦は上も下もなくて、ただ生活という、当たり前なことをして、させなければならない。
とりあえず、料理をするだけで、精一杯です。
好きではない、魚と野菜を無理やり食べてます。きのこ類も食べなければ。
料理の幅を広げて、栄養を考えながら料理がしたいな。

一人暮らしって、何でも自分でやるかと思ってたけれど、結局家族に助けられてます。
昨日と今日で、窓から外を眺めてみると、父親が運転し、その子供と母親していた様子。
車の中には、何が入っているか分からないけれど、きっと生活必需品なのだろう。
あれこれして、自分が部屋の前を通りかかってみると、なにやら、物を運んでいる音がした。
それだけで、涙ぐんでしまった。
自分が家に大事なものを忘れて、頼んだらすぐ送ってきてくれた、もうそれだけで、涙。
家族ネタにかなり弱くなりました。。

一人暮らし前に「自分の世界(こだわりという意味で)をつくるのだー」と意気込んで、
ほんのちょっと料理をしただけで「これで一人暮らしも大丈夫か」と安心して
「一人暮らしをしたら、ちょっと鬱陶しい家族ともおさらば(悪い意味)か」なんても、思ってた。
そんな過去の自分を、今、生活するだけで精一杯の自分から見るとは恥ずかしいのです。
今の状況は多分、(家族との)コミュニケーション不足が、招いた結果なんだろうな。

2007年03月27日

上に立って

引っ越す前に日記を書くつもりだったのですが、直前の体調不良により断念しました。
が、「引っ越した後に書けばいい」という軽率な判断により、日記がかけない環境が続いておりました。

とりあえず引っ越してからしたことは、まず泣いた。
突然に「家に帰られないのだな」と思うと、これから自分が背負う責任や判断の大きさに絶望を感じてしまって。
初めて、家がないってこんなにもつらいことなんだと気づいた。
距離にして、あまり離れていないけれど。 引っ越した後に能登半島沖の地震があって、そのインタビューで被害者が途方にくれていたけれど、
すこしそれもわかる気がする。比べ物にならない気がするけど。

一人暮らしは、寂しがり家にはすこしつらいものがある。
よく、一人暮らしをすると涙もろくなると聞くけれど、今の自分はそれが当てはまっている。
毎日泣いているような・・・。なんていうか、こっちにくる前の強がりがとても恥ずかしい。
1日目は一人の寂しさに泣いて。
2日目は家族の大切さに泣いて。
3日目はよく知らないような人からの言葉に泣いた。
その言葉とは「風邪が一番怖い病気だ」「今がつらい時期だ」と言われただけなんだけど。
こっちにきて初めて説教というか、言い聞かされた。
最近は、テレビから流れてくる映像や言葉などでさえも涙しています。

最近交わした言葉といえば、挨拶程度のぐらいのもので、学校が始まるまでは我慢するしかないみたい。
決してこっちにくる前にも、会話が多い自分ではなかったけれど、ただ知っている人がいるだけでよかった。
最大のコミュニケーションツールの携帯電話が(多分)ソフトウェアのバグで壊れたことがだいぶ痛い。
ただいま修理中なので、データが吹っ飛ぶかもしれないとのこと。
何で、データってONとOFFだけなんだ、、と理不尽な怒りを発してみたり。

食事は何とかやってます。ちょっと高いなと思って買ったつぼ漬けがお気に入りなのです。

2007年03月03日

ホームひとつ

自動車学校へ行くと、あんまり話したことがなかった同級生に会う。
高校は違ったけれど、自習室で勉強しているとあちらから声をかけてくれたので
今は自分から声をかけるようにしている。
一番最初に会って話を聞いてみると、あれこれやりたいことだらけらしい。
その次に会ったときは、そのあれこれしたいことのなかのひとつを実行していた。
さらにまた次に出会ったときは、またやりたいことを消化していた。
それだけでなく、またやりたいことの延長を見つけていって、なにか楽しそうだった。

そんな話を聞いていると「あぁ、この人は自分の世界を作り、広げられるのだな」と思った。
そういう人が、日記を書くと面白いんだろうし、どこへ行っても楽しく生(活)きていけるのだろうな。
学校を卒業してしまったけれど、自分が生きる場所といわれると学校しかない。
でも、きっと生きる場所を見つける方法は簡単で、「素直になること」何じゃないかなと思ってます。
やりたいことはすぱっと、やりたくないことにもずるずると引きずらないことで。
ちょっとロックなぐらいが、見てて聞いてて楽しいのだ。
そうやって、一人を満喫させたい、少なくとも後4年間で。
そんなことを感じている自分はMORI LOG ACADEMY植田佳奈ブログの更新が楽しみです。
いろんなことのつながりを感じさせてくれる日記は読んでて楽しい。

でも、だからこそ日記を続けてしまうのです。
自分の世界が少ないことにびくびくして、少しでも留まっていたい。
日記はただ期限がないだけだが、高校の卒業は違う。
3年間という期限を、ただひとつの世界をそこから派生することもなく過ぎ去らせてしまった。
ただ、いろいろな波にもまれた分、少しましになったかなと3年前と比べて思った。
けれど、そうやってほかの同級生も成長した姿を自動車学校で見ると、
「ああ、負けてられないな」と前向きに感じた。「何に、何を?」と自分でもツッコミたいけれど。

とりあえず、今自分にできることは「あとで読む」のタグを消化させることかな。
あと、自動車学校が終わったら、新しく買った目覚し時計で早く起きて、朝を感じながら自転車をこぎたい。
自動車はまだ怖いかな。

ああ、日々はやりたい事の連続なのね。
今通っている、自動車学校だって自発的に通い始めたのだ。
ただ、理由はただ流されただけなのであまりないのだけれど。
そろそろ、サブタイトルを変えていい頃合なのかもな。

2007年02月17日

大人へ

一ヶ月前に想像していた忙しさより、遥かにゆるやかに日々は通り過ぎております。
「忙しい、忙しい」ってどこかから火が出るような、忙しさを求めて、今は心だけが無駄に焦ってます。
早く一人暮らしして、大学生になりたいのです。
さらに、自動車学校へ通いそれにてこずっている状態なのです。
でも、焦っているのは、自動車学校がうまくいかないでも、一人暮らしができないからでもない、みたい。

まだ、普通自動車免許取得の達成率が半分にも達してないけれど、自動車学校って、楽しい、というかいいなって思う。
こんなにも、楽しめているのは知っている人がいる、生まれて育った場所である学校を選んだから。
自動車学校へ入校して、最初の頃は同じ学校の人と盛り上がって、わいわいやって教習を楽しんでいた。
当然、運転技術の差や誕生日、選んだコースの違いで、いつも同じメンバーとはいかなくなった。
そんなときには、一人になるかといったら、そうじゃなかった。
自動車学校での1日は必ず知っている人に会って、ちょっとした話をして帰ってきている。

大学入学試験の時、地元を離れて受験したために、知っている人に一日中会わなかった。
そのせいで、そういえば今日笑ってないなって、ホテルで一息ついたときに気づいた。
いや、試験の時には愛想笑い程度には笑ったけれど・・・ね。
これって、非常につまらない、人生的にやばい。
こんな時に、一番どうしたいかって、何でもいいから知っている人に今日あったことを話したい。
こうやって、うちに溜めるのが増えていくのかとはじめて実感した。

そう思うと、学校とかっていいなと思う。
同じ年代の知っている人が同じ時間に同じことを学ぶ場所ってそうないと思う。
でも、学校以外にそういう「人が集まる場所」みたいなものを持っている人には、学校が邪魔となるんだろうな。
自分の場合は、そういう場所の作る、もしくは持つことが苦手なので、学校がなければ何にもできなかったんじゃないかなって、
自動車学校にいってやっと気づく。

自動車学校にいる人には、面識のない人のほうが多い。当たり前だけど。
でも、面識があるかどうか、この差は自分のとって、とても大きい。
面識がある人には話ができるけれど、そうでない人にはまったくできない。
つまり、自分は人見知りなのだ。でも、そのくせ寂しがり家。
そのせいで、会話ができなくて、もやもやというかうっぷんした物がたまる。そしてその繰り返し。
人見知りって、損をしている。
特に自分の場合は、精神的なコントロールがあまり上手い方ではないからとことん損をしている。
すべてにやる気が出なかった、つまらなく感じるようになったときは、人に会って話をすることで解消される。
人がいければ、自分って駄目なんだなってこの年齢になってしみじみ思う。

だから、自分は大人になりたいと現在思っている。つまりしっかりしたい。
人見知りもない方が良いし、気持ちのコントロールもできたほうがいい。
今の自分は家族や友達を含め「人」に頼っている状態である。
そういうものから独立して、自分の世界を自分だけで作っていきたいなと思うのです。
それが、時事に疎い人には、自分がそういう話題を振らないように、、自分の世界の広さや深さが、相手の世界に対応できると思っているのです。

つまり、自分はしっかりして、相手と接しなきゃいかんなと思うのです。
人と接する以前の問題なんだけど。

2007年01月19日

とりあえず、証

少しネガティブなことを考えながら、岡崎律子氏の詩が心に染みる今日この頃。

やっと、大学が決まり一安心。
願書提出直前に受験方式を変えることになって、ドタバタ忙しかった。
簡単にいうと受験形式を楽なほうへ変えたということ。

また、面接でうまくしゃべられない。
多分これだから、今まで大学落ちたんだろうな。
しどろもどろになりながらも、分かっている。
自分の頭の中で話の構成ができていないまま、次々としゃべってしまっているから、そうなる。
それと同時に「うまく話すことがきる自分」イメージしてしまっている。
それでも、合格してしまった。合格できてしまった。何とかなってしまった。
今は、超えたかった壁を乗り越えようとしても乗り越えられなかった自分の非力さを痛感している。
結局、受験形式で悩んだのは、プライドでも雰囲気(空気)でもなく、自分の壁を乗り越えられるかどうかだった。
それを、何とかして乗り越えたかった。ただそれだけ。

「最近は、イタイことはしていないな。」誰かがそうつぶやいた。
そう、自分も最近していない。といっても1年も遡ってしまえばあるのだけど。 いつからか、イタイ事を警戒して行動が慎重になっていた。
自分がイタイと思う行動を乱発していたのは中学時代。

数年前に笑っていいともで、タモリ氏が「等身大の自分という言葉が一番嫌いだ」と自信を持って発言したのをなぜか覚えている。
等身大の自分は常に100%なのだからあたりまえだよなーとタモリ氏と同意見を持っていた。
でも、最近、等身大の自分ではない、つまり一生懸命に生きてない気がする。
人は時々で、それは礼儀、権力、不安、緊張などによって自分を抑えていると最近思うのです。

私の中学時代に「何であんなことができたのかな?」と思うことが多々ある。
何にも怖くなく、後先考えなく行動していたからなのではないかと思うのです。
イタイと思う時はは必ずその行動を起こしてからで、
冷静に考えてみると「やってしまったな」とくるわけで。 そのときは考えたつもりでも、そのイタイ行動を起こしてしまった。
つまり、等身大の自分でがんばっていたからなんじゃないかと、今思うのであります。

そのとき必死に考えても起こしてしまった行動を、「失敗」「反省」と認識できたことは、自分が成長したということなんじゃないかなーと。 結論は、イタイと思ったら自分が成長した証なのだ、と。
だから最近は、すぐ「死にてぇ」と思うこともなくなった。
でも、一生懸命生きてないから、プラスマイナスの変動が小さかったり、なかったりする。
今はすべてが軽々と、映画やドラマのようなドラマチックとは反対に流れてしまっている。
自分のためにも一生懸命になりたいと、これは自分への戒め。

2006年12月28日

力のモーメント?

諸事情があり、学校の職員室に行くことになった。というより、そう予定されていた。
「先生がいねー」これが最初の感想。
自分が先生に用事があり、話を聞いている中で、もう一回周りを見渡した。
「荷物の置き方が芸術的!」
先生は教えることだけが仕事じゃないんだな、ということは前々から分かっていた。
けれど、山積み(?)されている書類の数を見てると、無理にでも理解せざるを得ないです。
特に教頭先生の机を見ると、、、「崩壊寸前」と言う感じ。
片付け方が悪いのか、それともただ単に忙しいだけなのか。どっち?
学校で先生を見る時は教えられてる時間の方が多いから、わからんちん。

2006年の良かったソフト - Loop and Loop
2006年 オンラインソフト 今年の17本 By パソコン遊戯
超: ヤること成すこと日記帳。 - 今年のよかったソフトウェア
TOKKY.COM - オンラインソフト大賞を選びたいといえば選びたいんだけど、去年だったか今年だったかよく分かんねー
猫歩き - オンラインソフトオブジイヤー2006
moewe的2006年ベストソフト5選 -moewe-
今年も様々な、個人のサイトから、2006オンラインソフトまとめが出ております。
一応自分なりにまとめてみようと思います。
超: ヤること成すこと日記帳。さんのソフトはほとんど知らないので読まなければ。

【多分今年に出てきたソフト(曖昧)】
menuHacker
システムメニューを改造(常駐)。独自の変数で多彩な使い方ができます。
livedoor Reader
Web型RSSリーダ。正確にはWebサービスだろうけど、片っ端からRSSを見るには最適。自宅以外で使いたい。
Quick Memo / Light Write
自動保存メモ。鉛筆を出す前にこっちが出てきます。ちょっとした思い付きに・・・
Qonoha
マルチメディアプレイヤー。ffdshowと組み合わせて動画を開く時は全部これ。感覚的の動作が軽いと思い。
μTorrent
BitTorrentクライアント。P2Pソフトって重いというイメージが払拭されました。
ミニ検索隊
ファイル名・フォルダ名・テキスト検索。細かな検索が出来るので。
Garan
画像ビューワ。画像閲覧に特化。壁紙やスクリーンショット、ちょっとした画像を見るときに。

【これから期待したいソフト】
Hogehoge2006
DB型音楽プレイヤー。私はZIPで圧縮して音楽を聴いているので、そこが問題点。
でも、音楽を管理するという点ではiTunesと並んでいると思う。
expllid
タブ型ファイラ。MDIEの地位が揺らぎました。ファイルフォルダの高速に期待。
fileli
タブ型ファイラ。MDIEの地位が揺らぎました。タブ周辺のショートカットキーに期待。

【今年から使い始めましたソフト】
esExt5
関連付けランチャ。
Fittle
ファイラ式プレイヤー。ZIPで圧縮しているので、使うきっかけとなりました。
KIKI
リストビュー型ブラウザ。Livedoor Readerを使うようになり一気に開くサイトが増えたことにより。
Proxomitron
ローカルプロキシ。主に広告削除、ダウンロード支援に。パソコン遊戯さんがまとめたことにより。
AutoHotkey
独自スクリプト機能付きホットキー割り当て。様々な変数が用意されていて、出来ないことはなさそう。
aoTuV
Ogg Vorbisエンコーダ。ちょっとした変換にはすべてこれにしています。評判がよかったことにより。

【使わなきゃというソフト】
fenrir
コマンド入力式ランチャ。
eClip
クリップボード貼り付け。履歴を検索できるのが強そう。
esPst
テキスト貼り付け。オンラインソフトのアンカーをまとめてしまおうかなと思うところ。
ピストンコラージュ
作曲ソフト。WAVを素材として作曲が可能。独特なGUIも好きです。投稿掲示板を見ていると楽しそう。
cltc
タスク切り替え。開発日記を見ていると「熱」見たいなものを感じます。様々なコマンドが魅力的。
ttPage-R
テキストビューア。便利な機能ばかりらしい。テキストを読む機会が多いので使用したいところ。

何も作れない私が簡単に評価したので、信用性に欠けるところでありますが、、
各作者に今年もたくさんのソフトと出会えたことを感謝したいと思います。
また、オンラインソフトを紹介していただいた各サイト様に感謝の意を表します。
お疲れ様でした、今後の活躍を心から期待しております。

2006年12月23日

伝わる振動と避ける波動

先日、「芸術鑑賞会」と言われる事に参加した。
その名の通り、芸術を見るものなのだが、今回は演劇を見た。
恥ずかしながら生まれてから今まで「演劇」と言うものをテレビでも間近で見たことはなかった。
テレビなら小さい頃に「忍たま乱太郎」の演劇?なら見たことがあるのだけれど。あれは演劇なのかな?

初めてだから、演劇を感心しながら見ていた。
感動したことは、演劇って「カメラ=自分」と言うこと。
テレビではカメラが意図した画しか見ることは出来ないけれど、演劇では違った。
指の一本一本の動き、背景にある絵画や、劇中に出てきたどうでもいいポテトチップの名前まで自分で気づくことが出来る。
映画はもう一度見たいと思ったことはあまりないが、演劇こそ何回見ても面白いのではないかな。
演劇はぼーっと見てられないことが結構面白いんだなと、一番前のエリアに座った感想である。

今度は演劇の内容の感想をば。
人にとって、希望と言うか、何か「やりたい」と言う気持ちは無くしてはならないんだなと思った。
「ロケットボーイズ(映画)」でも東野圭吾著「手紙(本)」でも、何かに向かっている、
そういった場面では、これから起こることに、自分はワクワクしていた。
自分は大学受験の面接の際に、心から思う「やりたい」事を見つけ出せなかった。
今もそう。
学校の授業でやったことの範囲で頑張ることは、自分にとって出来ること。
でも、その範囲から一歩出た範囲になると、全然ダメ。
要は「人がやっているから自分もやる」ことで今の自分は動いてるのかもしれない。
一度だけ面接練習の時に「主体性はどこへいったの」と言われことがあった。
そういった問題を避けつづけてきた自分にツケが回ってきたなと思った。

大学に行く際に「目標」があるのとないのでは大違いだよ、と先生に半ば説教ぽく言われた。
目標があれば嫌いあるいは苦手な教科だって頑張れる。との事。
そういえば、高校では「部活頑張ろう」「勉強を頑張ろう」とかただ漠然とした目標しかもてなかった。
高校入学の面接では、曖昧のことしかいえなかったなと回想をする。
「でどうするの」その問いを問われつづけたのに、避けつづけた自分はツケを必死に払っている。
いや、まだ答えていない自分は、払おうとしているだけなのかも。

劇の感想に戻ってきて。
主人公が、何か「やりたい」と何も「できない」とぶつかった時に、そこには必ず人がいた。
自分が思っていることを人に言って、その人が思っていることを言われて、「やりたい」ことに対して模索していた。
それに対して、自分はどうだろうか?
ネットのメリットとメデリットは「なんでも自分で解決できてしまうこと」だそうだ。
ネットで言いたいことを言っても何も返ってこない。
いや、自分で掲示板を停止して、ブログを止めることでそれを閉ざしてしまった。
自分が求めたかったのは、ネットでもなく萌えでもなく、人のつながりだったと思うと、
自分がしてきたことがとても恥ずかしい。

この演劇には、こんなにも伝えたいものがあるのかと感動した。
それから、「伝えたいものは何だろ」と、本でも音楽でも何でも考えるようになった。
今回は自分が悶々と考えてきた悩みと伝えたいことが上手くヒットしたから、こんなにも考えることがあったんだろうな。
でも、ただ単に楽しさを求めている作品を読んだり聞いたりしている自分がいる。
何も目的がない物に触れていると、自分も目的のないものに変わってしまいそうで、少し怖い。

ちょっと、もったいないことをしているなと思うことがある。
それは、人の話を聞かないということ。
式辞や校長先生の言葉を下を向いて、どうもいい話と見切ったのか、
はじめからつまらないと決め付けているかは知らないが、その話す仕草を見逃す事さえも、自分はもったいないと思う。
人の目の前に立って話をするのだから、きっとその話には「伝えたいものがある」と思って、自分は聞いている。
終業式の時に、校長先生は「冬休み頑張りなさい」という趣旨を、例え話を持ってきて聞きやすい形をとっていた。
なのに、下を向く人はずっと下向いていて、やっぱりもったいないなと思う。
発言している場所、伝えようとする人、発言した時期、発言した人、見事にヒットしていたと思うけど。
感受性って大事なーとも思った。

とりあえず、最近思っていることを発散させたつもり。

痛いニュース(ノ∀`):【ニセ科学】 「マイナスイオン、根拠なし」「ゲーム脳、親のしつけの問題」…菊池教授、NHKで批判
約10分の動画を見ることをオススメしたい。
特に最後の2分ぐらいがとても感心させられた。

2006年11月28日

意味ある受験

ちょっとおかしい、受験が終わったらゲームしよう、アニメ見よう、積んでいる映画も見よう、自転車も乗って写真も撮る。
課題研究をさくさくと進めて、ちょっとしたアプリケーションを作ってみようかな、Vine Linuxもインストールだ。
またまた、散歩する時間を作ってあれこれ考えてみようとするか。それと友達と交わした約束もしたいな。
色々夢は膨らんでいったけれど、受験が終わったらしぼんだ。

受験が終わって、悠々としているクラスの人を見ていて、僕もあんなふうになるぞーとか思いながら受験を終えた。
終えたら、受験に対する不満だとか、悔しさとか自分の不甲斐なさとかを感じていた。
多分志望校は落ちることになると思う。
志望校のパンフレットには学生のコメントがあり「毎日が忙しいが充実している」と誰もが口をそろえたように言っている。
滑り止めも受かるかどうかも分からないが、志望校に落ちたからって堕落した生活は送りたくないなーとか思った。
今分かることは、今の生活のままでは、どちらに行ってもどうしようもないことになることは確か。
とりあえず、自分の惰性に悪・即・斬。

2006年11月19日

バージョンアップ

KIKIVersion 1.0.8
【機能追加】
>「ブラウザ」メニューに「画像の自動リサイズ」を追加しました。「大きな画像は自動的にウィンド ウサイズにあわせて表示する」設定を、ノードごとにメニューから切り替えられるようにしました。
>ブラウザ ツリー上でマウス ホイールを回転させたとき、ノードが切り替わるようにしました。
が大きいです。
>起動時の引数に複数のアドレスを指定できるようにしました。
ホイールでノードがきびきび切り替えられるのは気持ちがいいですよー。
次のバージョンアップに「セキュリティの引継ぎ」もノードメニューで設定できることに期待。
これはLivedoor ReaderやGMailを使っているからなんですけれど・・・
「セキュリティの観点からJavascriptをきることが必要、でもWebサービスは使いたい」
だから、これからの需要があると思うのです。

2006年11月15日

だせいさん 〜ゆっくりしたい人〜

今日は昨日から決めていた、パン屋へパンを買いに行くことを実行する。
徒歩10分程度、自宅から中学小学校への通学時間とほぼ同じだ。
もちろん自転車で行くことも可能だった。
でも、徒歩でパン屋に行くことにした。今日やるべきことを頭に入れて。
代休が取れ、学校からなんだか子供たちの騒がしい声が聞こえる。
学校では給食が終わり、給食室にはその食べ終わった食器を洗うおばちゃんがいた。
近所を「変わった/かわらない」で見ていると、すこしゆっくりできて心が和んだ。
昨日からの計画通りパンを買うことができ、それを昼食として現在食べている。 今日一番ゆっくりできた時間だった。

少し忘れていたことがあった。
やることが山積みな筈なのに、何故パン屋まで徒歩で行ったのか?
理由は簡単、ゆっくりしたいからだ。
このゆっくりとは、やらなければいけないことから解放されるということ。ただし一時的。
でも最近、このゆっくり、つまり思考拒否/思考停止する時間が多くなった。
例えば、布団に寝転がる、小説を読む、音楽を聴く。すべて自分にとっては目の前の目標しか作られないものばかりだ。
なにも、考えたくないし、何も感じたくない。ただただ目の前のものを見るだけで過ごす時間が欲しかった。
パソコンでネットをしているのもそうだ、ただ単に情報を見て受け流していればいい。
単に見ているだけの、あの10分間の徒歩には、もちろん目的を解決する力はない。
今日は自らモラトリアムを作り出していることに驚いた。
そうやって、惰性的な生活をおくってしまうのだろうと思った。

AHKでテキストブックマークをするスクリプト。(ブラウザ:KIKI専用)〜TOKKY.COMさんにご指摘を受けて。
これは、KIKIをアクティブにしている時のみ有効です。
自動時に、タイトルバーからタイトルを、どこからからURLを取得してくれるものです。

問題はFireFoxやOperaがURLを読み込んでくれないんだよなー。

2006年11月13日

どうなのどうなの

[フリーソフト]menuHackerv1.03a
>ソフトに応じてメニューの設定を切り替えられるようにした。   history.txtより
ブラウザやファイラ、音楽プレイヤーなどソフトごとに利用でき、これで何かの可能性が広がったー。
TOKKY.COMさんはブックマークとして考え出されたようです。
これでテキストブックマークに利用できますね。
でも、iniファイルに追記できるソフトがほしい。AHKで実現できるのかな、、。
今回のバージョンアップと関係ないけれど、タイトルバーのテキストをコピーするようにしたいけれど、してない状態です。

2006年11月09日

縮小更新

小泉純一郎前総理あいさつ@「日本夢づくり道場」
学校の通学途中で、時々子供が遊んでいるのみかける。
切羽詰っている自分にとってその光景は「いいなー」と羨ましく映った。
高校生になって世の中の様々な仕組みを学んだはずなのに、ちょっと羨ましくなった。
自分が勉強に対して、将来を夢を見るような楽しさが見出せていないからかもしれない。
そんな僕は何に対しても本気になれなくずっと、「何したいのよ/何してるのよ」と悩む毎日。
何かに夢中になりたいは夢でしかないのかー、受験中に悩む。

だから過程(=証明)が大事なんだってば
未読。

2006年11月07日

刺激的な生活

[フリーソフト]Hogehoge2006
あー、データベースって便利なんですねと、使ってみた感想。
このソフトに対するコンセプトが好きです。
HDDの容量も多くなって、管理できる音楽が大きくなってしまって、ちょっと困ってます。
大量のファイルを読み込もうとすると時間かかるしーって。
自分の今の対策はmp3 or oggで圧縮して、さらにzipで無圧縮してます。
というか、zipの中身が読めないプレイヤーのほうが多いんですね。

話を戻して。
つまり、曲の管理が上手に出来ていない僕にとってデータベースって画期的なんです。
タグごとの検索、レーティング、再生回数カウントなど、ユーザ、それぞれのデータベースが出来るのです。
フリーかつデータベースを使ったプレイヤーってどのぐらいあるのだろうかー。
アーティストのタグの中に「アーティスト(作詞者/作曲者/編曲者)」と書いているのは無駄になってしまうかも。
ということで、あまりiTunesを使ったことない僕が、期待をよせたソフトでした。

2006年10月27日

ぶるーからグリーン

最近、数学の授業で先生がぼそっと言う言葉が素敵だ。
自分は上位クラスに位置しているけれど、ちょっと騒がしく聞いている人はどのぐらいいるのかなと。
また、人が必死に問題解いているときに言うもんだから、上手く聞き取れません、そこまで同時作業は出来ません。
でも、そんな言葉を聞いていると、数学がんばらなきゃなーって思ってしまう。
数学と勉強と生活について絡めて言ってくるから。
意地もあるが、結構好きな授業なので上位クラスでい続けたいなとは思っている。

受験生のせいもあってか、何をやっても楽しめない。
やりたいこともできずに寝てしまい、気持ちいい朝が迎えられない。
出願期間が迫っても思い通り書類が出せない。
でも、こんな状態な自分でも、平日の挽回を狙える土日は色々と楽しみなのだ。
頑張ったから、こんなにも楽しみなのだと嘘でも満足した。
頑張ってもネット(このサイト)には影響はないことに、ほんのちょっと空しかった。

それと、受験生である今は焦ってしまい正しい判断が出来ない。
あれこれ好き嫌いになるのは、後々振り返ると悔むことになりそう。
ただ時間がないだけで。

最近ニュースも、ろくに読めてないですー。 RinRin王国より
深町秋生の新人日記 - いじめをいじめ
萌え理論Blog - 美しい妹にはノイズがない
檜山正幸のキマイラ飼育記 - 専門家を信用できない社会は辛すぎる

明日はオブジェクト指向について勉強しますです。

2006年10月22日

そういえば、最近パソコンを買ったことがないからよく分からないのだけど、
昨日言ったDELLのパソコンにはマニュアルが2冊ついていた。
1冊は可愛いイラスト付でスクリーンショットを使って丁寧にトラブルが起こった時について説明がされていた。
もう1冊は、パソコンの拡張や、内部構造などの使用に対する説明が書かれていた。
見るに、前者は初心者向け、後者はその上のクラス向け。

初心者がこの本を見て何とかするのかーと思いながらパラパラとめくった。
最後のほうにお問い合わせランキングが書いてあった。1位の内容は忘れたが初歩的なことだった。
こんなことで電話するのかーと思ってしまった。
初歩的な電話を無くすために、こんなに分かりやすいマニュアルをつけたのだろうと、勝手に憶測を立てる。

結局のところ、自分たちの仕事を楽(削減?)をするための努力なんだと、気が付いた。
ただただ物事に流されて仕事の改善を考えることを忘れないようにしたい、と改めて思った次第であります。
特にフリーソフトとか、この日記とか。

--------------------あとがき
文章力と言うか、同じ言葉が続いてつまらないなと、書きながら。
日本語の意味検索が出来たらもう少し良い(自己満足的な)文章がかけていた、、かも。

2006年10月21日

臨界点とっぱー

最近、人々から「暇だ」と言う言葉をよく耳にします。
高校生である君らが何を言っているんだ、思っている自分も「暇ー」
事あるまじきかな、受験生がこんなことを言ってはいけない。
そんな、後ろめたさを感じながらも暇。確実に。

秋のアニメラッシュでも暇。
学校でJavaScriptのスライドショーの初歩を作ったけれど、かなり苦労した。
結局、出来る人に手伝ってもらってしまった。
やっぱり、プログラム組んでないと、ものの作り方が分からないなーと、
作り終わった達成感の中で、まだ自分の物足りなさを感じていた。
とりあえず、とてつもなくでかいものに、足を突っ込んで戻ってくれないぐらいに、何かに没頭したい。
今考えられる「何か」はプログラム系、さらにウェブ系。

多分「暇」と呟いた人たちは、僕以上に「何か新しいこと」を考えているんだろうなー。
「暇」と呟いていない人は、絶対「何か」をしている。ただそれだけのこと、みたいだ。
また、呟いた人の次にアクションが少し楽しみでもある。「なにするんだろー」ってね。

dellのE521が届いたが、パソコンって静か(静音)になったものだなと。
だって、ヘッドフォンをしていても、音が漏れるのが聞こえるぐらい静かだもの。
そういえば、BTXってそんなに流行しないね。パーツ全体が冷えてそうなんだがー。

2006年10月13日

してこんかね/オフラインで

自分のパソコンに対するやる気がない末期症状を知っているんだぜ。
それは、あれもこれも違うって曲・アルバム・歌手・ジャンル単位で音楽を聴いては、探している時なんだぜ。
そんな時は、何をやってもダメだって知っているんだぜ。
それで、たまりに溜まっているやらなければいけないことを机に向かってやるのが一番の解決先なんだぜ。

最近、いつのまにか寝てしまい布団で寝ていない日が続いて、少しイライラが溜まっていた。
昔なら「ぐっすり眠ることが出来た」と喜んでいたが、
(進路に向けて)時間がないことを理解した後からは、寝てしまった自分に腹が立った。
自分が結構楽しみしていることは「成長」だったりする。
フリーソフトのバージョンアップは楽しみで、ベータ版なんかもう試験的な機能に心が躍るし、
ゲームは、そういう(成長した)自分をイメージしながら、練習をしている。
ヘッドホンやスピーカーなんかも少しでも音がよくなることを期待して、情報を得て実際に買う。

Web 2.0という言葉はネットをやっている人なら一度は聞いたことがあると思う。
2.0というのは「進化系」という意味らしい。出所不明の意味だけど、定義自体も曖昧なんだろうな、きっと。
今日の自分が昨日のバージョンアップであって欲しいな。

目的のことをやった自分と、やらない自分を想像しながら勉強していて、
想像しながらも寝てしまった。そのギャップ、なりたい自分になれなかった事は大きかったわけです。
つまりのところ、自分の原動力は「成長する期待」で動いています。

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写真は魂が抜き取られてしまうとか話で聞いたことがあるけれど、
最近ネットワークに魂を抜き取られているような気もする。

例えばメール。メールの元には自分がいて、先にはつねに相手が存在している。
携帯電話を持っている状態であれば、常に連絡が取れる「オンライン」状態で、
常に一人ではなく、孤立していなく、スタンドアローンでもない訳だ。家でもね。
でも、一人の時間って結構大切にしたい。
勉強だったり読書だったり趣味だったり、一人でしたい時がある。
そんな時にメールなんか着たときには、心の中で決めていた優先順位が崩れてしまう。それは人が絡むから。
メールなんか5分もせずに返信することが出来るけれど、メールを待つと言う行為が発生してしまう。
リターンを予測してあらかじめ文章を考えてしまったり。
そして、勉強に集中できなくなってしまった。あくまで自分の場合。

自分のシングルタスクぶりに絶望した。
耐えられずに携帯のことなんか忘れると、時代に取り残されてしまうんだよな。
必要最小限で繋がっていたい人はこの世の中で少数派なのかな。
でも、すばらしい趣味を持っていないのにこんなことを書いても、、な。

2006年10月09日

アクセラレータ・オン

最近、自信がないということがこんなにも欠点なのかと感じる。
それは、本でも漫画でも、他の物語を見てもそう思うのだ。

ずーっと自分は後ろめたい気持ちに苛まれていた。
写真をとること、ゲームをすること、大学に行くこと、中古屋に行くこと。
言いたい事を言うこと、一人でいること、大人数でいること。
クラシックを聴くこと、アニソンを聴くこと、文章を書くこと、絵を書くこと。
書き上げるだけでキリがない。
自分がこんなことしていいの、認められるのか、恥ずかしくないのか、状況を悪化させてないのか。
その行動に対して考えることもたくさん。

でも、今見ている、書くことに後ろめたい気持ちを感じていた絵は、誰かが書いたものだ。
今聞いている、アニソンも誰かが作って歌ったものだ。
後ろめたさがあれば、今見ている聞いているものは存在しなかったんだろうと、、
後ろめたさで何にも出来なかった自分を見て、尚思う。

結局は何しても後ろめたかった。自分につりあっているかを常に考えた。
でも、本当につりあってなかったとしても、暇つぶしの批判しか受けない。
問題なのはTPOにふさわしいかどうかだけかなーと肌で感じております。

今まで止めてしまったものの半分は、後ろめたいからだったりする。
写真やニュースが始めてすぐに止めたもの。そして自分がはじめたのは逃げの一手の「感情の日記」。
感情だけは間違ったとか正しいとか正解がないから楽だった。
そろそろ、今の日記を止めて、新しいことを始めたいと思う。

自分は人に影響されやすい。
他の人がアニメを見ていた。だから、アニメを見始めた。最初はそれだけだった。
それまで、アニメなんて知りもしなかったし、見もしなかった。
それがなくても、生活するのには支障はなかった。
だけれど、アニメを見ている人には上には上を知ってしまった。つまらないおもしろいで判断しているのではなく、
人物の描写・演出、スタッフ、原作とに比較など、理解するには様々な知識が必要だった。
いつのまにか、知らなければいけない前提条件として自分の頭が処理していた。
ふと気づいた時は、誰のためにアニメを見ているのか分からなかった。
知らなければ、恥じ、後ろめたい、プライドみたいなものを感じていた。
そして、影響されやすい自分に恥じた。その間2年。

影響されないためには「断固たる決意」が必要で、自分にも必要だと思った。
ただ、悪いことばかりではなかった、今の時代、何かを知れば、その周りのものが見えてきて、
そして回りのものを知りたがり・・・・・・その繰り返しで、得たものもあった。
影響されやすいの、すべてが悪いことではないみたいだ。 しかし、自分が何も動かしてはいない、関わってもいないのを見ると、むずむずする。
いい悪いをつけても、作品には参加できないから。
結局、自分は支配欲が強いのかーとか思ってみたり。

--着地点--
これからする全ての行動に決意を込め、自信を持つことが、流されないことになる。
このことは、ネットでもリアルな世界でも通じると思うのです。体験談より。
それと「他人を見下す若者たち」を50ページほど読んで。

もうちょっと実生活の絡めて書きたかった。

2006年09月22日

ロングテール

いいソフトを見つけた。今日はいい一日だ。
タブ型ファイラexpllid
自分のメインファイラ「MDIE」の地位が揺らいでいる
細かいところが好き。
・拡張子による色分け
これで、アイコンを見ずともどれがどの種類のファイルかが分かる。
・ファイルサイズの量記号変更
HDDのサイズが上がり個人の扱うファイル一つが大きくなっているので、わかりやすい。
・実行時引数と外部ツール引数が充実
特にファイルが選択されていない時に、カレントフォルダのパスを取得するのはありがたい。
外部ツール実行も拡張子による判別実行が出来るので、ランチャーとしてもかなりの機能を果たす。
もちろん、設定ファイルは扱いやすい「.ini」
マウスジェスチャーは搭載していないので、ショートカットキーと外部マウスジェスチャーソフトで何とかする。
ごめんなさい、衝動に駆られて書きました。

2006年09月10日

総裁選の街頭演説 from 秋葉原 (ー`)<淡々と更新し続けるぞ雑記。ωもみゅもみゅ)
TVのニュースだと少しの放送で興味すら湧かなかったけれど、3人連続して演説を丸々と見ると印象が変わったー。
といっても麻生さんしかすべてみてないけど。メモ。
オーマイニュースにアップされているとは思ってなかった。

2006年09月09日

つまらない、つまらない

日給1000円がでる学校のバイトへ行ってきました。そこで思ったこと、考えたこと。

そのバイトをしていたら、どこかで見たことがある人が、弁当が中に入っているダンボールを抱えて運んでいる。
思い出せそうで、思い出せない時間が過ぎる。
やっと思い出した、インターンシップ(労働体験)でお世話になった人だ。
その人は、工場の中で指示を出していて結構えらい人だった。
昼飯になってその弁当を食べる時間が来た。
多分、ご飯が自動的につめられて、鮭やフライがおばちゃんたちの手で、、
しかもベルトコンベアの上に乗って作られていることなんて誰も知らないんだろう。
そう思うと、単純にうれしくなった。たぶん優越感。
だから、「これって流れ作業で作られているんだよー」って話した。
でも、自分が作る方を教えたって、その工場の大きさや部屋のつくりのこと、
昼休みにつまらないNHKが映っていたり、消毒のため手にオゾン水が使われていることなんて知らないんだろうな
(今思い出しながら書いているからこんなにも思い出せるんだけど)
あんなに小さい工場に1週間しか労働体験していないのに、こんなにも思い出せることがあるなんて思わなかった。
とにかく、2時間ぐらいにもなる流れ作業は高校生の自分にとっては辛かった。
体験労働なんかしていなかったら、弁当の中に入っている煮物を食べ様とはしなかったし、あの油っぽいフライも心の中で馬鹿にしていたと思う。
つらさを理解することが1つのものに対して考え方を帰るなんて意外だった。
その1週間は無駄だとは思っていなかったけれど、自分は辛いものと認識していた。けどありがたい経験だった。

経験が考えを帰ることは結構あるな。
人前で緊張して上手に自分が思っていることがいえなかった。
そうしたら今までにテレビのアナウンサーが噛んでいる時に心の中で馬鹿にしていた自分が馬鹿だと思った。
面接練習で質問はすらっていえると思っていたが、全然言えなかった。
志望動機も上手くまとまってないから当たり前だった。
普段しようと思ったこと、していることにこんなにも「なんとなく」という最強の理由がついていることに気づかされた。
自分ってこんなにも出来ない子だったのかと認識した。

とりあえず、時間の割には何もせずだらーっと椅子に座っていた時間がほとんどだった。
つまらない時間を過ごした、後々考えるとあれこれ仕事が出来たんだろうなと考えられた。
家に帰ってパソコンをしても、音楽を聴いても、今日自分がしてきた満たされない満足感は、何をやっても満たされない。
途中でゲームをやろうとしたけれど、結果は見えていたから、未遂で終わった。
いつまでたっても「つまらない」気持ちが消えることなく、どこにぶつけていいかわからない。
ぶつけるところは、勉強でいいのだろうか。
高校生の自分が「つまらない」なんていったら、誰かに突き飛ばされそうだ。
きっと、何か知識をつければ何とかなると思って、とりあえずブラウザ探しをした。3つぐらいに絞った。
Opera,Bagle,Sylera。とりあえずキーボードでブラウジングを目指して。

まとめ「井の中の蛙 大海を知る」

こんなにも文章を書きたいのはどこかで不満が溜まっているからなんだとー思うのであります。
でも、愚痴日記にしたいのでなく、ちょっと前向きになれるような日記を目指しているのです。
ポイントは読んでいる人に有益。心の面でね。

芸術のために

弾幕シューティングをやらせてもらった。
ゲームのことはあまり知らないけれど、玉が綺麗、芸術的。
だから、見てるだけで楽しいのだ。
あの弾はどんな計算で動いているのかどうか、分からないけど考えてみたり。
自分を狙ってくる弾だったり、加速度がついた弾だったり、ある場所でしか避けられない弾だったり、様々。
それに対して、自機を少しずつ移動させたり、真中に居続けたり、反射神経で避けたり、避け方も様々。
撃っているほうも芸術的ならば、避けているほうも芸jyu(恥

計算って大事だなーって思う場面が多々ある。
自分が今見ている世界を全て3D化したら、やっぱり計算が必要なのかーと。
例えば、自分が自転車や自動車、電車など移動物体に乗っているとき、
風景にある物体が近いものは移動量が多くて、遠いものは移動量が少ない。
ベクトルとか絡んでくるんだろーか。。。わかんね
それが計算できたら、アニメーションに役立つんじゃねと思った。
3Dなら、いちいち描く必要がないから。
「耳をすませば」の雫が図書館に行くために高台を登る場面の描き方は感動した。
それと一緒に大変そうだなとも思った。
ゲームを見ているとそんなの何年も前からあるわって言われそう。

とりあえず、図書館から数学の本を借りてきた。

2006年09月08日

暇ー

学校のインターネットフィルターが強化された。何の説明なしで。
たかが学校に関係ないインターネットと思っているのか、どうかはわからないけれど。
とりあえずニュースを見て「アダルト」のカテゴリに所属する状態は異常。
でも、フィルターが強化されてもyoutubeとstage6は見られるというあり様。
教室の一番後ろから、一人一人のディスプレイを見ると、youtube割合が非常に高い。
それを見た瞬間、youtubeの影響ってここまで(学生まで)きているのかと思った。
人ってそんなに動画を見たいのか、本当にそれは見たいものなのか。
それとも、暇なだけだから見ているのか。うーん・・・
自分は特別な動画(政治が絡んだのとか)か時間が2分以下な動画しかyoutubeは利用していませんけどー。
Gamilとかlivedoor readerとか読めるのだろうかー。
えro・・えらい人曰く、送信しているHTTPリクエストで解析しているらしい。
だったらProxomitronで送信するヘッダを色々したらだめかな。
制限した中で楽しむ人と、その制限を突破する人、どうでもいい人、色々いる。
自分が面白いと思うのは、真中の人。
でも、突破するには色々な知識が必要なんだよなー。
と言うことで、フィリタリングとHTTPプロトコルの本が読みたいです。

Mugi2.0.1 - 削って削って[リンク元不明] 最近、ちょくちょく暇なんだ。
そのちょくちょくと言うのは授業の合間だったり、朝の学校行く時間まであと10分にも満たない、そんな時間。
でも、学校が終わって「するべきこと」を考えると、圧倒的に時間が足りない。
知識や人間関係、娯楽、、様々な要素の間をさまよっています。
時間が足りないのであれば暇な時にしたいことをすればいい。
日記を書きたいのだったら、携帯電話でパソコンにメールすればいい。(そういうときブログいいなー)
音楽が聴きたいないのであれば、安っぽい携帯音楽再生機に突っ込めばいいし。
知識をつけたいのであれば、本を買って読めばいい。
今は便利な社会だから何でも出来る。
でも、自分が本当にしたいことをしたら、効率化最優先の人間関係無視の人になってしまう。
そんな小さな葛藤をしつづけて、いるものいらないものを見極めてきたいと思うのであります。
まー、その「したいこと」を探すのが大変だったりするのだけど。
とりあえず、時間の大切さに気づくことは素敵な時間を過ごすことにも繋がるとおもうのであり、繋がってほしいとも願うのであります。 したいことも、すべきことも、一日中しつづけたことがない自分が言うのはアレですがー。

2006年09月01日

かいこ

音楽を楽しむこと。
音楽再生環境を変えたお陰で、色々な音楽をかけて楽しんでいる次第です。
図書館からクラシックを借りて、amazonでサントラ買って、パソコンからはロックからアニソンまで。
沢山聞いているのは、いい音楽を逃したくないという気持ちから、なんだろうと自分で思う。
夜寝られない時は、安い携帯音楽プレイヤーとヘッドホンで色々と聴いてます。
最近のお気に入りはThe Atais
このアーティストは有名だとは思うけれど、この人たちの音楽はどんな感じしかの情報しか自分は持っていない。
他の人みたいにあのバンドが解散してこのバンドとくっついて今のバンドが生まれたとか、そんな情報は知らない
自分はただ音楽だけを聞いて、良いか悪いかを決めているだけなのです。

ただ、サントラを聞いていると、そんな情報を知らなければ楽しめない。
やったことないゲームのサントラなんか聞いても、嬉しくも悲しくもない。
ゲームをやった人でなければ、サントラを楽しむことが出来ないみたいだ。
特に、ファミコンのサントラを聞くと妙に楽しめるは何故なのかな、と考えた。
多分、非常に難しくクリアするまで繰り返し、飽きるまでその音楽を自然と聴いていたからなんだろうな。
それがあるからこそ、音楽だけじゃなく必死になってクリアした自分も懐かしく思えるんではないか。
だから、音楽なんて物はいい加減で人によって左右されるものだと、、
聴覚だけでなく視覚もなければつまらないと、、最近考えるのです

でも、サントラ以外は楽しめるんだよな。そんな情報を持っていなくても。
どちらもれっきとした音楽なのに。
思い入れの問題なのか。人が持つ情報が音楽を左右させるのかー。うーむ・・・

紹介しっぱなしだった、さっきのバンドはちょっと哀愁漂う感じです。
夏の終わりに聴きたいそんなバンド。もう秋だけど。

2006年08月20日

ぱるす

fladdict.net blog: はてぶがドンドン馬鹿になっていく
確かにそう。「馬鹿」とまではいえないけれど。
自分ははてなブックマークのコンピュータのカテゴリしかRSSで読んで無い。
その中にはプログラム系統の話題が結構含まれていて、自分には理解できない。
でも、その中に、自分が要らない情報だと認識した「ノイズ」が含まれていることが多い。
いらない情報はタイトル部分だけで判断するけどね。明らかに貯めにならない情報は切り捨てる。
時間をいかに節約するかは、その「ノイズ」を取り除くことが大切。
だから、自分が何に興味があるのかはっきりさせる必要がある。
ネットは何でも情報があり、それを全て拾い集めてしまいがちだから(自分がそうだった)

もじぴったんのサントラを買った。CDって借りるのと買うのでは大違い。
後者のほうが大切にする。これは当たり前のことかもしれないけれど。
CDを借りて、パソコンに取り込んでそれで返却。
CDを買って、丁寧に包装を剥がして、パソコンに取り込んで、一通り歌詞カードを読んで、
包装を元に戻して、直射日光があたらないところに補完する
こんなにするのは、大切にしたいと思うから。
でも、データ化してしまえば壊れることもない安心感を手に入れた。
大切にしたいという心はどこへやら。
こういう体験は何度かある。それは集合してクラスの人がちゃんといるかどうか、点呼する時。
点呼する時は、人の名前をいちいち読み上げるのではなく、人は数値として認識され数えられる。
数字がぴったりになったら、全員いると判断される。
点呼される時は自分と言う人間も、クラスの中の一人でしかないわけです。
でも、いちいちそういう事は考えられていられない。数値化してしまったほうが管理が簡単だから。
以上デジタル化のメリットデメリットでした。

ちなみに、CDを取り込む時は最近oggにしてみました。
自分が持っている音楽プレイヤーには対応していない。
これは音を大切にしたいという気持ちから。mp3との違いがわからないけれど。

2006年08月19日

保存の法則

Shorter Launcherのススメ (TOKKY.COM)
「ポチエス」使い方あれこれ
覚えらんない人のためのオンラインソフト備忘録 - インスタント・ポチエス-関連付け版-
ランチャーって大事。特にオンラインソフトをいいれていればいるほどね。
キーボードを主に使っても、マウスを主に使っている人でもどちらも便利になる。
マウスが使えない環境ならなおさら。
自分はMDIEのランチャにポチエスをキーボードショートカットを設定。
そしてそのキーをマウ筋で呼び出して使ってます。
ちなみに、マウスジェスチャーは「X1→」で呼び出してます
他にも使い方があるんだろうけど。
STE改Archon2FittleesClipサクラエディタ
ファイル操作メイン。

TomBackRが1.4にバージョンアップ
今回は動作表示がメイン。エラーにも対応してます。
ダウンロードして気が付いたけれど、ファイルサイズがとても小さい。
.Net2.0の力なのかしら。
要望を送ったら採用された。ありがとうございます。

1ヶ月ぐらい前にやった、初めて釣りバカ日誌5を面白いと思った。
子供の頃、週末になるとテレビで映画を見ていて、このシリーズが放映されるとがっかりしたもので。
で、たまたまテレビをつけたら釣りバカ日誌5をやっていたので、30分ぐらい見た。
この映画が自分に「癒し」をくれるとは思わなかった。
主人公の浜ちゃんが、明るくて、ちっとも暗く黒くもなく、見ていたなんだかすっきりした。
こういうのARIAに似ているなーと思った。 青ひげノート - ARIAにおける感情移入の無い癒しを読むといいです。
Gyaoでもやっているので、暇な人はどうぞー。

「総和は変わらない」
そんな言葉が時々頭の中によぎる。

2006年08月11日

徒歩でいい、それでいい

近所のパン屋のメロンパンがお気に入りで、通りかかるとメロンパン+αをいつも買っているのですがー。
一度でいいから焼きたてのパンを食べてみたいと言うことで、朝起きてパン屋に行ってみる。
学校行くのにも自転車で、最近歩いていないので、徒歩で。
見せの前まで行くとおばさんの店員がいて、挨拶をした。そして店の中へ。
メロンパンは焼きたてじゃなかったけれど、食パンが比較的焼き立てだった。
レジでは若い店員がいて、食パンを頼むと「何枚切りですか?」と聞かれて、少し悩んで「6枚で」と言った。
8枚だと、薄すぎて食感が楽しめないと思ったから。とっさの判断。
その若い定員が食パンを店の奥にもって行き、6枚に切って、しっかりと袋に詰めて封をした。
おばさんの定員と連携プレーで、その食パンを渡して、メロンパンと一緒にビニール袋に詰めた。
その時、先ほど封をした食パンの封を解き、袋をあけてビニール袋に詰めた。
それを見たときに「ちょ」と思ったが、そのままスルーした。
したのだけれど、帰り道をもやもやしながら帰ることになった。しまったなと思った。
後で思い出したのが、焼きたてのパンはしっかりと封をしないほうがいいらしい。
家に帰ってみて、食パンをあけてみたら熱が漏れていて暖かかった。
包丁で半分切って食べてみると、日頃煩わしいと思っていたパンの耳がとてもカリカリしておいしかった。
どこかで見たのだが、おいしいものを食べるとストレス解消になるらしい。
早起きをして、焼きたてのパンを食べたらいい一日が始まるに違いない。

学校見学で、東京に行ってきた。
国会議事堂が見える周辺をバスから見たのだけれど、色々な人が多い。
当たり前なのだけれど、人といってもスーツ姿が多く「仕事しているなー」という感じだった。
作業着で地下鉄の階段をパンを持ちながら下りる人、おじさん同士の挨拶、先輩後輩のコンビ
何か、ここに椅子でも持ってきて一日中見ていても着ないんじゃないかってぐらい、見ていて飽きなかった。 でも、見ているだけで満足していたら、この世を生きていけない気がする。
これはどこへいってもそうだけど、電車とかバスの中で、音楽きいたりとか読書とかしている人がいる。
自転車に乗りながら、携帯電話を弄くったり、音楽を聴いたりしたりもしている。
そんな自分は、景色を楽しみたいので、何も聞かない読まないのです。
でも、差をいつも感じているのです。特に本を読んだ時間と自分が景色を見ていた時間との差を。
例えば、新幹線2時間乗って、一冊文庫本を読んだ人と、心の中を躍らせながら景色を楽しんでいる人とでは明らかに差が出る
どちらがいいかは、まだわからないけれど、今のところ本を読んだ方が「経験値」を積んでいると言う感じがする
つまりは、時間の使い方。

最近、縦の目標と横の目標と言う考え方が自分の中でブーム。
縦の目標は、1つの物事に対する目標。例えば今日は10ページ勉強するとかとか。
横の目標は、人生の目標。自分はこうなりたいとかとか。
縦と横の目標がそろえば一番いい事。
ゲームは横の目標が見えないから、本当に少しにしている。
パソコンは本当に少しでいい。
一番縦と横が関係するのは、今の自分では勉強で。
でも「無駄なことをするのはあなたには必要だわ」ってどっかのゲームで言ってた。

先日、歯に黒い穴が出来たので、歯医者に行ってきた。
これは歯磨きをしながら気づいて、深刻な状態になる前に治療をしたかったから、すぐ歯医者に行った。
治療は10分ぐらいで終わったけれど、不安要素がつぶせたのはとてもいいことだと思う。
日常を楽しく過ごすには、物事を溜め込まないことだと持っているから。
そう考えると、自分が今している勉強は不安要素をつぶすためにある気がした。
受験であんなことこんなこと聞かれたりした時の対策をしているから。

音楽の話。
「もじぴったん」から派生して、Perfumeとcapsuleを聞いている。最近こればっかりですよ
ファミコンみたいな電子音が素敵。こういうのテクノポップって言うの?
そしてPerfumeって曲がお気に入り。CDだったらPerfume~Complete Best~がおすすめ。 時々、Last Allianceの「YGサービス」をループさせているけど。

情報工学・プログラム言語などを扱った面白い小説(ミステリー・SF)を教えてください。
めも

2006年08月03日

業界のくのう

大学を見学してきた。
大学を3つほどしか見ていないけれど、ちょっと思うのが「金かけすぎじゃね?」と言うこと。
パソコン室を作って、パソコンは1人1台は当然。
そのパソコンはハイスペックで、3Dとか仮想OSとか当たり前。
大学内には運動場、図書館、工作室とか・・・そんな様なものが沢山。
こうやってお金は使われていくのねと、少し悲しい気分になる。
小学、中学、高校と過ごしてきたけれど、階層を上がるごとに施設が大きくなってる
そう考えると、大学は最大規模であるんだろうけれど、
大学にあれもこれも出来ますよって言われて、だまされているような気がするな

「新校舎とかいらんだろ」と心の中でつっこみ、餓鬼みたいだ。欲底なし。
大学がつぶれてしまうからアピールしなければいけないのはわかる。
でも、施設とか学部とかの「珍しさ」で売るのは止めて欲しいな。
お金がかかるから。
いっそ大学なんぞ閉鎖して、学校同士の競争をやめて欲しい。
これからの進路に悩む自分として。

でも、どうすればいいのかわからない。
とりあえず財務諸表の見方を身に付けておこう。

2006年07月30日

音楽って(感情論)

未だに、音楽がよくわからない。
何も満たしてくれない。
でも、朝音楽を聞くと何かいい。
もしかしたら朝に音楽を聞くと言うことを習慣にしてしまえば、いい一日が迎えられるかもしれない。
音楽で今日一日の基盤を作るみたいな。

2006年07月29日

子供と僕

某日、焼き鳥を買うためだけ町内会の祭りに行ってきた。
自分の町内会の焼き鳥は開始1時間ぐらいでいつも売切れてしまう、人気商品なのだ。
人気だから毎年毎年並んで買う。今年は行くのが遅かったせいで、30分も並んで焼き鳥を購入した。
その30分間はひたすら待った。そして考えた。

まず自分が孤立していると言うこと。
近所と親しい付き合いもないので、話す相手もいないなー。
それと、この祭りが悪い意味で変わらないこと。
スピーカーから流れてくるのは、自分の子供の頃から聞き覚えがある、アニメの音頭ソング。
たぶん音源は、本部にあったラジカセ(CDではなくカセット)。
売っているものも変わらなければ、抽選品も変わらない。
逆に出展数が少なくなって、公園の広いスペースが目立ってしまった。
今年は、なんかやる気が感じられない。
祭りのチラシは小学生が書いたぐらいのレベル。
いつもなら祭りの予告が町内放送で流れるのに、今年はそれもなし。

それでも、首にタオルをぶら下げて焼き鳥を焼くおじさんの姿を見ると、
祭りに協力しないで、ただ品物を買っていってしまうことは申し訳なくなる。
もっと盛り上がればいいのにと思う人ってどれぐらいいるのか気になる。
焼き鳥さえ購入できればいいと思っている人いないのかなとか。
ちょっと考えてみると、自分に出来ることってよくわからない。
焼き鳥とかフランクフルトを焼くぐらいなら出来るんだけど。

そんなこんな、考えたり作業をしている人を見ていると30分はあっという間だったわ。
そういえば、小学生の水着の日焼け跡が見えた。
最近は日焼け対策をしないとどーだのこーだのいってるから、見たのは新鮮だったわ。
卑しい気持ちはないです。断じて。

話は変わって。 先日オープンキャンパスのことを書いたけれど、書くのを忘れていたことが。
それは、小学生以下の親子連れがちらほらと来ていること。
遊びにきている感じで、オープンキャンパスって子供にしてみたら楽しいところなんだろうと認識した。
研究室行けば子供は理論とか知らなくても「すげー」で一日を終わらせることが出来るだよな。
一方自分は、真面目に聞いて、必死に「何か質問しなければ」と考えて、、と子供と自分の温度差を感じる。
自分は受験なんだから感じて当たり前なのか。

通学をする時に、保育園だか幼稚園の前を通るのだけれど、毎朝毎朝「楽しそうだなー」と思ってしまう。
楽しそうだなーというのには「いいよなぁ」と言う気持ちも入ってます。
学校で授業をしている時に、近所の幼稚園が学校の前で、楽器を演奏しながらわいわいやっている。
多分、こっちはいやいや勉強していることも知らずに。
幼稚園の頃は、遊ぶことで幼稚園を卒業できた。
でも、学校は、勉強することで卒業をする。
これは、勉強する権利が与えられたって考えられるのかな。
だったら、権利をもらうことは幸せなことなはずなんだけれど、ちょっと違う。
勉強に幸せを感じないな。
単純ではなくなった、気がする。いや単純なんだけど。

まとめきれず、断念。要約すると「楽しもうよ」

2006年07月25日

勢い、それから

受験の為に小論文が必要で、夏休みはそれを中心とした受験に必要な勉強をする予定。
早速、先生に小論文を見てもらった。
なんていうか、書いているのがつらい。
文章を書くという自由をもらっているはずなのに、テーマとか文字数とか書き方とかが制限されて書きにくい。
ほら、日記って何もかもが自由で、構成やら書き方なんてないようなもので、
普段そういうことを考えてないと、実際書くとつらいんだぜと言うこと。
要約すると、「勢い」で文章を書きすぎなんじゃない?

それで、勢いで書いたせいか、書いた意味が先生に伝わってない。
普通なんだろうけれど、実際に体験すると辛い。
そう考えると、勢いだけで出来ているこの日記は、読み手にはもっと伝わってないのかなと、
小論文の勉強なのに、日記のことを考える。(最近書いてないけれど

もう1つ、小論文を書いていると気づくこと。
テーマが与えられてネタに困るんだけど、役に立つのは巡回しているテキストサイト、言及blog。
毎日、無意識的にネットで巡回していることは、ちょっとは役に立っているんだと、何かに感心する。
余計に、日々の巡回は止められないわ。
でも最近は、1時間のネットより10分の新聞のほうがよっぽど知識が付くような気がしてるけど。
英語で単語の意味がわからない時に、ゲームに出てきた言葉が役立ったりするみたいな。
だからって、ゲームは最近は止めつづけているんだけど。

日々の巡回って目に見えない。ネットだから余計にってこともあるんだろうけれど。
勉強はノートに自分が書いた文字が残る。
この日記も0と1のデータとしてパソコンの中に残る。
この日記を書こうとして頭の中で色々考えたことは残らない。データとしても。
今日、自転車が汚いと思って掃除をした。それも掃除した証みたいなものが、残る。
最近、何かを残さないと、日々を生活してきたと言う実感が湧かない。
自己満足みたいなものだけど。
この日記を書いていることは、自分の最終防衛ラインみたいな気がする。
だから、止めてはいけない気がする。直感。
と、小論文+勉強をしながら。

みんな夏休みは進路に向かって動いているなーと言う感じ
少ししか聞いたことないけれど、その報告を聞くのは楽しいというか面白い。
笑う面白さではなく
就職も進学もいて、さらに職業によって枝分かれするから。

今日も7時起きた。報告することではないかもしれないな。
起きた瞬間に「学校行くのかよー・・・」勘違い。すべてのやる気がなくなった。
でも、すぐに頭を切り替えて、30分の余裕があることを計算して、パソコンを起動。
今自分は、朝起きる目的はパソコンをやるためなんだろう。
学校や仕事の為に朝起きるのはちょっと辛いのかも。
でも、パソコンのために起きるのもどうかと思っている。他のことをやろうかなと。

2006年07月24日

あさasa

そういえば、音質強化と言うことで、SE-90PCIとハードオフで300円以下のスピーカーケーブル買ってきた。
前者のサウンドボードはいい買い物だった。
ゲームもやらないので、音楽再生専用なので。onkyoの方を買ってみたの。
後の物は、安物買いの銭失い。ネットでも評判はあまりよろしくなかった物。
もうちょっと豊富な物が欲しかったと言っても、出力先はミニコンポなんで文句は言えません。
自分で被覆をカッターで切るとき、本線(?)をぶちぶち切ってしまった。まさに不器用。
次は、RCAケーブルを自作計画中。
あとは、聴く音楽が問題か。時々アニソン及び電波かけてごめんなさい
でも、ヘッドホンやスピーカーを変えると、今持っているすべての音楽を聴きたくなってくる
たとえ、1000円のヘッドホンでもね。

朝7:00に日記を更新。
ちょっといい生活しているわと言う感じ。
ネットをやって、日記を書いているのはいい生活しているかどうかわからんけど。
夏休みに入っても、だらだら生活が出来ないのは、よい効果を生んでいる気がする。
マンガ「デスノート」で、寝不足で注意力が欠如することはよくないって書いてあった。
ニュースサイトのまなめはうすさんは朝ヘッドホンで音楽をかけながら、本を読んでいるらしい。
ゲーム幻想水滸伝2で寝不足は体力だけじゃなく精神的にも参ってしまうってサブキャラが言ってた。 だから、最近は12:00就寝の7:00起床。
朝だと、ネットも心なしかきびきびしているよ。

朝なので、日記がゆるいです

2006年07月23日

op

某日、夏休みを利用してオープンキャンパスに行ってきた。
自分の志望校なんだけど、ダメ元というか高望み。
それで、内容。全然ついていけなかった。
メインは研究所見学。どこの大学も同じだと思うけれど。
担当者からの説明が終わり、質問になっても出てくる質問は1,2個程度。
時間が余って、興味がない分野のの研究所へ言っても、出てくる質問はなく、
そして「ありがとうございました」で研究所を逃げるように去る。
言ってることは理解できる、説明してもらっているのは中学校の自由研究程度だから。
だが、質問したいことが生まれてこない。

オープンキャンパスの帰りの移動時間に黙々と考える。不満そうな顔で。
やっぱり、予備知識あるとないでは全然違う。
知識があれば楽しい、なければつらい。それだけのこと。
損得の問題ではないと思うけれど、やっぱり損だ。

どんなことでも、、対策を練ってからではないと、準備不足に嘆くことになるよね。

2006年07月15日

2.0

ついにWWWDからlivedoor チェッカーズに以降。
これで巡回はどのパソコンからもできるようになったー・・・
が、パソコンって言っても家以外にパソコンはない。
すこし困った。高校生は使う機会があんまないな。

プロにとっての「癒し」
最近ちょっと、満たされることばかり考えていた。

この1ヶ月で、結構なスポーツがテレビで観戦できた。
テニス、サッカー、野球。数えるほどしかないけれど、多分ラッシュだったんだと。
見ている側としては、選手なんてどうでもいいから、「いい試合」を見せて欲しいのだ。
何回も続くぎりぎりのラリー、流れるようなパス、続くヒット。
それはわがままでしかないけれど、やっぱり重要なのはそこ。
でも、「いい試合」を見るためには、いいチーム、いい選手がいないと出来ない。
知識があれば、いい試合にめぐり会うのね。

少しでも退屈を感じてしまうと、その場から退場して、一人で黙々と考える。
そして、不満そうな顔。楽しさを感じていない。
まさに、この文章を書いているような感じ。

2006年07月11日

なにかがたりません

また、お菓子を平らげてしまった。ちょっと最近、ひどい。
「それヤケ入ってない?」って思うほど、むしゃくしゃして食べる。悪循環だ。
それで気づいた、自分に対する厳しさがなさ過ぎだ。どっかの先生に言われたが、これは今の自分によく当てはまる。
今一番悩んでいるのは、勉強。
日々の巡回をしていると「まずはやってみること」「効率より時間をかけること」とか色々な言葉にもめぐり会っている。
でも、勉強が出来ない。出来たとしても薄っぺらだ。
学校の勉強の多くは、学校でやるものだけど、その残りは家でやるもの。
自分の場合、その家がくつろげるスペースになってしまっているのです。
誰からの圧力も受けない。
別にプレッシャーをかけて欲しいという訳でもないし、それをやられたら終わりかと思うし。

どうやって解決するかは、、、
自分の部屋からの脱出(自分が)。これしかない、もう。ちょっと自分を追い込みたい。
と言いながら「パソコンを窓から投げ捨てる」という最善の方法を知っている。

でも、こんな時にフリーソフト熱が再来。ああ・・。 いろんな意味で実は状況的には追い詰められているんだよね。いろんな方向に。

2006年07月08日

情報の狭間に

満たされない感覚が2週間ぐらい続く。

この間、何をしていたかというと、RSSリーダをついにlivedoor Readerに切り替えた。
結局のところ、自分は更新が激しいものに釣られてしまうのだ。というか最近livedoor自体、元気がいい。
この調子でがんばっていただきたい。そして、自分を毎日を期待させて欲しい。

livedoor readerの強みはキーボードショートカットとピンにある。
キーボードショートカットは、実際にノートPCからアクセスした時に、マウスがないので役立った。
ピンは時間がない時に、「後で読む」という機能を果たしてして、これも役立った。
これからは、ブラウザで何でも出来る時代になってくると思う。
ブラウザならどのパソコンにも入っているはずだから。
どこからでも更新できるブログが、とてつもなくすばらしいものだとと気がついた。

これから、時間の使い方と情報の取捨選択・共有が大切になってくる。
そのためには情報を溜め込まないこと、つまり消化すること。
貯めれば貯めるだけ、ストレスがたまる。それが情報。
消化し切れなければその情報の価値が下がりつづけてしまう。
でも、それらの原因になるのはWeb、解決してくれるのもWeb。
問題は使い方。
情報の共有については、「涼宮ハルヒ」の現象を見たほうが早い。

一番の理想としては、文庫本みたいに、端末を持ち運べて、
電池や通信料を気にせずに、気軽に情報を読めればなと思う。
Webがあれば、色々な格差(特に地域格差)がなくなることに期待してる。

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満たされてないのは、言いたい事を言えてないからなのか。
フリーソフトのこと、アニメのこと、デモムービーのこと。
いくらWeb上で盛り上がっても、現実世界では話題され辛い。
理由はわかる、自分の事過ぎるから。
自分の趣味が一般化されていなかったら、自分またはWeb上でしか活躍できない。
実はおとなしい奴でも騒がしい奴でも、家に帰ってパソコンに向かって、Web上で盛り上がっているかもしれない。
それは、ちょっとさみしい。
やっぱり情報は溜め込んでも意味がないみたいだ。
現実世界で自分の趣味とか興味があるものを共有しなければ、日々の生活が満たされない。

でも、自分が情報を発して、何かの一線を越えていないかいつも心配になる。

その前に、現実世界でやらなければいけないこと(勉強)をしなければ。